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第11回 海老洋「塗り潰した絵具の下から、ベートーヴェンを掘りおこす」

執筆者の写真: 演奏藝術センター演奏藝術センター

更新日:2021年1月6日



『ネコトショウゾウ』(海老洋・作)




 ―今回「ベートーヴェンの肖像を描いてください」との依頼を受けた時どう思われましたか?

 いや「出来ない」と思いました。無理無理!と。そもそも僕は人物を描かないんですよ。点景やモチーフのひとつとして出て来ることはありますけど。しかもベートーヴェンという、既に世間的なイメージが確立してしまった人を描くというのはちょっと…。それで間に入ってくださった先生に「無理です。僕が描くと猫になっちゃうよ。」といったんお断りしたのですが、「作者がベートーヴェンと言い張ってくれれば、それでもいいらしいです。」と言われたので、それならやってみよう、と。


 その猫に加えて、画面の中心に鳥がいますが、これは「交響曲第5番『運命』の冒頭の部分は、鳥のさえずりである」というエピソードを踏まえて、“キアオジ”を描いています。


 ―先生はベートーヴェンをよく聴かれるのですか?

 僕は普段ベートーヴェンは聴かないですね。アトリエでは、いっときブライアン・イーノとかデキシーズ・ミッドナイト・ランナーズなどブリティッシュ・ロックをよく流していました。今でもパンクやスカ、ロカビリーなどは聴きますし、クラシック音楽もプレイリストに入ってはいますが、チャイコフスキーとか情緒的なものが多いですね。


 ―海老先生は、普段どういう活動をされていらっしゃるのですか?

 学校で教えているとき以外は、絵を描いてます。“創画会”というグループに所属していて、そこに定期的に出品するほか、個展で作品発表しています。創画会は上村松篁先生や加山又造先生~僕は加山先生の門下だったんですけど〜、多くの大家が所属されていた歴史のある会です。

 僕のジャンルは「日本画」ですが、日本画といってもその技法や素材など、実に多彩だと思います。日本画の世界では外側から「伝統」を被せられるので、それに対する反動が大きいのかもしれません。僕の場合はまず紙に描かず、絹布に描くのですが現代の作家では少数派だと思います、9割は紙なので。それから特に喧伝しているわけではないんですが、僕の技法は「洗い出し」と呼ばれ、それが特徴とされています。


 ―藝大の「ベートーヴェン年マーク」や、コンサートスケジュール冊子の表紙にも使われているこの作品も、その「洗い出し」の技法なのですね?

 この絵「ネコトショウゾウ」について説明しますと、普通ならまずバックに色を塗って、その上にベートーヴェンとか猫や鳥を描いていくと思うんですけど、僕の場合はまず鳥や猫の絵を描いて、その上に白っぽい絵具を厚く被せるんです。下の絵が完全に見えなくなるくらい。その後で、ベートーヴェンのシルエットの形に絵具を洗っていくと、猫と鳥も現れてくるということです。普通と逆なんです。

 上に被せた絵具が乾くまで待たないといけないので、その分の時間はかかりますし、絵具を洗い出す時には水を使うのでそこは大変です。

絵具を全体に被せた時点では、どちらが上かもわからなくなります(注:裏面に印をつけることも)し、下に描いた絵の一部を実際に忘れたこともあります(笑)。「実はこの下に鳥が隠れていた」みたいな…。また、あるモチーフを「あえて隠したままにしておく」場合も。


 ―西洋絵画とかで「古い作品を調べてみたら、下に別の絵があった」なんて話を聞きますが…。

 それに近いかもしれませんね。僕にとっては、それが正しい方法なんですけど。僕の基本テーマは「記憶」とか「伝聞」なので、そんな風に「いったん忘れてしまう」ことに意味があるんです。観る人にはわからないけれど、自分としてはその曖昧さが記憶や伝聞のイメージと似ていると感じています。

もうベートーヴェンを描くことはないと思うけど、いい経験になりました。



「大皿」2020S100 絹本彩色





「シカニワタス」2012F50 絹本彩色




                                     海老 洋

             (えび・よう/日本画家、東京藝大美術学部日本画科准教授)


 

海老 洋 Yo Ebi


日本画家。1965年山口県生まれ。東京藝術大学美術学部日本画科准教授。創画会会員。東京藝大大学院博士課程単位取得退学。同大学助教、広島市立大学教授を経て現職。絵絹に描画彩色した画面を別の絵具で厚く覆った後、水で表面の絵具を洗い落としながら表現する「洗い出し」の技法を駆使した画風で知られる。個展やグループ展への出品など幅広く活動し、日本画の枠に留まらないその表現は内外の高い評価を得ている。



 

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